一体どれだけ

居てるんでしょうか?

デザインだけ出来る人は居る

パターンだけ出来る人は居る

裁断、縫製だけ出来る人は居る

では

デザインが出来てパターンもひけてそれを裁断し縫製して完成させるまで出来る人は

今のこの日本に一体どれだけ居てるんでしょうか?

自分の思想を物としての完成まで持っていける人が

人に任せれない程完成まで責任を持ち100%純粋にその人の考えが出た本物の服がもっと存在する市場を見てみたいものです。

 

ダサくなった事すらおざなりに

じじいみたいな発言やけど

昔は良かったな〜

服が

街のお洒落さんが

渋かったな

皆行ききってた

比べるもんがなかったから

どこまで行ききるかも決まってないし

各自が思う到達点まで

個々の自由に服着てた

今じゃSNSで毎日お洒落披露大会開催中(笑)

いいねで得る承認欲求

指一本で入ってくる情報量を処理するのに一杯一杯

好きなスタイルサンプルは見放題

人に見せれるほどわきまえてもないガキが必死に買ったレアもん褒めてもらいたくて

あっぷあっぷ(UPUP)

昔の(言うても15~20年ぐらい前)お洒落さんは今思うとすごかった

格好で好きな音楽のジャンルが分かった

パンクもロッカーもゴスロリもスキンズもB-BOYもチカーノもテクノもポップもサイケもラスタマンも全員ゴリゴリに仕上がってた

20そこそこの先輩がペレペレのスタジャン着て頭はコーンローに胸にはブリンブリン

かたやクロムハーツつけまくりとかガボールのチェーンぶら下げてるとか

全身ギャルソンの新作やらメゾンの服一式とか

今考えたらそんな若い奴らのどこにそんなお金があったんだろうと思うぐらい皆己を着飾ってた

当時を知る人と話すと大体その時のお洒落さん達は借金しながら毎月服とかを買ってたらしい

10万20万とかのレベルではなくカード何枚も作って300万400万の借金してる人もいたらしい

そこまで行くのはやばいけども

そこまで行ってしまう情熱は素晴らしい

それもひとえにゴールが無かったから

皆己でその好きなものを追っかけてた

ここまででいいやなんか無かった

とことん追求

ネットすらほぼ無い時代

好きな人たちの好きな事への詳しさも半端なかった

今の自称詳しい奴とは質が違ってた

今の詳しい奴の話はwikiまとめサイト2ちゃんとかの情報ばっか

調べれば出てくる実体験の無い話

実体験でその時代を経験し調べる方法も確立してなかった時に掘っていた人たちの知識とは質が違う

現代は低価格であろうが普通にそれなりに見える様に作られているからこそ

弱くなった感受性と探究心、感覚

ダサくなった事すらおざなりにして

一時的に取り繕う様な表層だけのファッション

そこは早々に飛び越えて

実際はもっと深くもっと面白い

自分だけの最高、最善、最良の服を見つけ出す旅に出ましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

服はお前のセフレじゃねーんだよ

CLOTHES IS NOT YOUR SEX FRIEND!

SERIOUSLY

服はお前のセフレじゃねーんだよ、マジで

着たい時に引張り出して着て用が済めばまた部屋にポイか?

ろくに手入れもしねー

見合ったハンガーすらも用意出来ねー

そのくせ飽きたら金に換金してバイバイかゴミ箱にポイ

服はお前のセフレじゃねーんだよ

服はお前の第二の皮膚

服は時間を共に過ごす相棒

服はお前を守ってくれるボディガー

服は自分のテンションを動かす魔法の布

なんなら服は着てるお前自身なんだよ

人生の伴侶を選ぶ様に服を選べ

買った服に責任を持て

ビッチ追いかける様にコロコロ服を変えてる間はまだ愛は無さそうだ

自分に最高の服を見つけ出し

着れなくなるまで着ろよ

服はお前のセフレじゃねーんだよ

 

 

 

服を作って売るのを国家資格保持者のみにしてほしい。

そのままです

服を作って人に販売出来るのは国家資格保持者だけにしてほしいと切実に思います。

ただそんな資格は存在しません。

だから服飾製造販売に国家資格が制定されればまだ状況は良くなるんじゃないかと思います。

服は誰がどれだけ作っても良いと思います、

(お母さんが我が子に作る服等は大歓迎です、素晴らしい行いだと思います)

ただその服を第三者に売りお金を頂くのであれば

資格を持った人のみにすれば良いと思います。

食品販売には資格が要ります(そりゃもちろん人の体内に入れるものだから当然)

人が住む家を作るにも資格が要ります(そりゃ人が住むんですから安全面的にも当然)

人の髪切るのにも資格が要ります(そりゃ人に刃物向ける訳ですから当然)

でも服を作り販売するのには資格が要りません

なぜなのか?

服は人の生活、生命活動にとってどうでもいいんでしょうか?

いや、ダメです!なぜなら服こそ人に一番寄り添い一番長い時間を過ごすからです

人には欠かせない生活の基本要素である

『衣食住』

これのトップバッターが『衣』

つまり服なんです、服を着ていなければ食物を買いにも食べにも行けません(すぐ逮捕)当然住む所も借りれない

つまり現代ではまず服を着ている事が必須の行動条件になっています

そのトップバッターである衣(服)をなぜ何の知識も経験も無い者が作り売れるのでしょうか?

たとえば何も知らず資格もない素人が作ったご飯を安心して楽しめ満足してお金を払えるでしょうか?

何も知らず資格もない素人が設計した家にお金払って永住したいでしょうか?(欠陥住宅でも笑えるでしょうか?)

何も知らず資格もない素人に予約して向かい髪を切ってもらいその技術への対価として満足してお金を払えるでしょうか?

嫌だと思います。単純に

食品なら料理人に任せたい

家なら建築家や大工さんに任せたい

髪切るなら理容師、美容師に任せたい

ただなぜ服は何も知らず資格もない素人が作ったもので満足できるのか?

それでいいのか?

自分と世界の間を繋ぐ『服』をそんな愛のない素人が作ったもので自分の体に纏わせて何を満足できるのか?

芸能人プロデュースとか、モデルが立ち上げたとか、アイドルとコラボとか

元スポーツ選手がどうだとか、外人のラッパーが立ち上げたニューブランドとか

何代目がどうだとか、セレブと仲いい奴が作ってるだとか知りません

そんなもん全員素人です。

(本気の人も居ると思いますが本気かどうかは作ったもの見れば分かります)

金の余った商売人や、デザイナーとかブランドディレクターとか名乗りたいだけの奴には服を作らせたくないんですよ

それは

料理なら偽装食品異物混入賞味期限改ざんみたいなもん

家なら基礎もぐちゃぐちゃの耐震偽装欠陥住宅みたいなもん

髪なら全然違う髪型にされカミソリで顔切られたあげく『めっちゃ似合いますよ』とゴリ押しされ代金を請求されるみたいなもん

嫌じゃないんだろうか?

服だけそれが許されている事にずっと疑問を持っておりました

服飾製造販売を国家資格にして欲しいです。(切実ですよ)

要現場経験3年でも、要服飾専門学校卒でも、難しくても何でもいい(難しい方がいい)

本当に服が好きな人たちなら余裕で資格取って変わらず作ると思いますから

服がそこまで好きじゃない、利用したいだけの奴に布地を触らせない様にしたい

服の材料は資源です

しかも一番再利用しずらいらしい

プロも素人も使う材料は多少違えども資源レベルで見たら同じです

地球に限りある資源を使ってこれ以上市場にゴミを増やさないで欲しい

『服』と『布地で出来た服にとてもよく似た何か』はまるで別物です

そんな素人が作ったものと熱意と努力と共にやってきたプロの服が同じ値段で服屋に並びます

人は服を買うんです

着るから

絶対何かどこかの服を買い着ています

そんな中お店に行って同じ値段でプロの素晴らしい洋服と服によく似た何かが同じラックに並ぶ訳です

そうなるとお客さんには分からない、お店を信用してる部分もあるんでしょう

同じ値段だから同じぐらいの作り、拘り、品質、美学が宿ってるもんだろうと信じ

身銭を払いその一着を買い着る訳です

でもそれが

ど素人が作ったゴミだったらどうでしょうか?

最悪ですよ

本来なら『ブランド』であるならば服に責任を持つべきです

手を離したらそれはそこの看板です

ゴミみたいなんを作る側が悪いんです、確実に

でも商売の上手いのに騙されて買ってしまう側にも多少の問題はあります

『分からないから』

あの日本のアパレルブームからアパレル業界は儲かると様々な商売人や業界が参入し

訳も分からんままコレクションや売れている様々なブランド、商品をパクリ

それっぽいのをそれなりにぽい値段で出すなんて言う服への暴挙、冒涜を繰り返し

くそ適当なもんを市場に出し続ける事により一般のお客さんも物の善し悪しを判断出来なくなり、またプロモーションや見せ方が上手いだけのゴミを買わされる

これじゃ服嫌いになりますよ

高い金払ったのにすぐ壊れたり、着づらかったり

『ユニク◯でええわ!』ってなりますよ

高い金払ってゴミ買わされたら誰でも嫌でしょう?

アパレルブランドと名打ってやるならいくらお客さんが分からなくても常に最高で最良の服を提供しなければいけないんですよ

人を騙して金を巻き上げるのは詐欺です

私の大好きな服を利用し人を詐欺に引っかけるのは即刻やめて頂きたいってのが本音

『おしゃれ』や『センス』が陸上のタイムぐらい明確に人々に提示出来るならどれほどいいか

味なんかはいいですね

皆『うまい!』『まずい!』はっきりしてるじゃないですか

うまい店は僻地でも人が並ぶしずっと続いてる

まずい店はどれだけ立地よかろうが一瞬で潰れる

アパレルブランドもそれでいい

人を騙す様なブランドは速攻潰れたらいい

でも皆がうまいまずいを明確に判断できないから今の状況になっている

だから服飾製造販売を国家資格にして出す側を精査した方がいいと思いました。

服は好きでもない奴らが一時のノリで作れるものではありません

ちゃんと資格を持った人たちの服だけで市場を再構築することを望んでいます。

本当に服が好きな人達だけが服を作り皆様に最高、最良の服を提供出来る環境になる事を心より望んでおります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

服好きとお洒落好きの違い

服好きとお洒落好きの違い

よく『僕も服すきなんすよねー』とか聞いたり言われたり書いてあったりします

でも大体が服好きってよりかはお洒落好きなんですよ

その違いとは

服好きは単純に服が好きです。(服そのものが好きなんです)

お洒落好きは服を着てお洒落になったと思う自分が好きなんです。

服好きはその時代の流行りや何ものにも左右されず常に自分の好きな服を着ています。

お洒落好きは流行りを見てSNSを見てダサくない様色々意識的にも無意識的にも考え服を着ています。(結果没個性で誰かの何番煎じに成り果てる)

服好きはサイズや色味、合わせ方全てが自分の判断で着ています。

お洒落好きはコロコロと自分のスタイルを変え、さもそれがお洒落なんだと悦びに浸ります(コロコロ変える時期ももちろん必要ですが信念が無い変化はスタイルにはなりません)

服好きは買った服は売りません(服にその時代の空気や思い出が染み込んでいると思う為、連れに譲ったり、後輩にあげたり、彼女に取られたり、親が着てたり、無くしたりはあるあるで)

お洒落好きは服を売ります(飽きたり金が無くなったらすぐ売り金に変えまた新たに服を買ったりします、業界の循環の意味では良いですがまず服が好きなら後々売る様な飽きる様な服は買いません)

服好きは服を大事に長く着ます(破れたら直し、自分なりのカスタムや手を入れ心ゆくまで着ます)

お洒落好きも大事に着ますがムラがあります(適さないハンガーに掛けたり、手入れは全くしなかったり)

服好きは人の服装に口を出しません(この人はこうゆう着方なんだなぁぐらいです、話す場ではもちろん話します)

お洒落好きは人の服装に口を出します(まじまじとさりげない感じで上から下まで見て何かを思い言える相手には言います)

服好きは服を生産国から生地から縫製から運針数、タグやネームのフォントや作り、グラフィック、配置や生地の色味、サイズ感やシルエットやそのブランド独自のパターンの切り方、着た時のテンションの抑揚、自分の持っている服との調和までありとあらゆる所を楽しめます。

お洒落好きは着て自分がカッコよく見えるか?可愛く見えるか?スタイルよく見えるか?余裕があるリッチに見えるか?ダサくないか?等第三者からどう見えるか、どう思われるかが最優先で服の生地とか糸とかは何も興味ない。

 

服好きは外側の影響では服は変わりません(TPOはもちろん季節感は完全に手中です)

お洒落好きは外側の影響で服が変わります

言うなら服好きはシェフ、料理人

お洒落好きはグルメ、美食家

一概にどちらが良い悪いはないですが服好きとお洒落好きは別物です。

簡単に自分が服好きかお洒落好きか判断する方法は

ポンと自分以外誰も居ない世界になって服装が変わるか変わらないか?です

さて貴方は世界に自分一人になったとして服装は変わるでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

いつ最後になってもいいぐらいの本音を書くと決めました

皆様初めまして

BLOG始めます。

当方日本に住み服を仕事に生きています。

その生き方で見えた事を書いていきます

とりあえず

私は服が好きです。

よくある開拓期のガキが簡単に言う『俺、服すきなんすよねー」とかのノリで言う様な軽々しい服が好きでは無く人生を曲げられるぐらいに服が好きです。

実際服に人生を曲げられ17年、今では服を作り生計を立て生きています。

その上で現代において服に思う事を綴っていきます。

では以後宜しくお願い致します。