知らねーくせに

今は親指か人差し指動かせば勝手に情報が入ってくる

見てるってよりは見せられてる

なんだか有名な「ファッション」を扱う様々な媒体がいくつかあるが

TVの視聴率稼ぎみたいなもんでやっぱり閲覧してもらわなければならないらしい

どこも似たような「最新情報」を載せてる

あの注目の外人の新しい動きや「お近く」から引っ張った新進気鋭の新情報

胡散臭いニューカマーのデビュー

有り物使ってんのにオリジナルぶって金稼ぐチンケなアングラ

どことどこがコラボ、浮かれて撮った外人だらけのスナップ

服が見えねー「世界観」最重要のルック

大手のキャンペーンに飲まれたマネームーブ

資本力でガツガツ行かれて埋まる広告

別に悪い訳じゃない

多様性

全部違って全部いい

世界の情報も必要

本当に全部違うなら最高だが

ただ似たようなのばっか

まずさ、日本の媒体なら日本からじゃねーの?

いくら流行ってるあのどメジャーなメゾンもブランドも良いのは良いんだけど

あれ外人用なんだよ

外人が外人に向けて作ったものなんだ

正直によく見せてみてよ

やっぱり体型合ってないよ

パターンが元から違う

偶然ばっちり合う人には最高合ってるからそのまま楽しんでもらいたいけど

大体はどこかに無理やりが出てる

知らずに分からずに無理しちゃってる

それも言えば媒体が流した責任の無い商売情報に人が飲み込まれてる

「見つけた」「作り上げた」スタイルじゃなく

回り回って持ってかれた誰かのスタイルの模倣

服がどうより「ダサくなりたくない」「イケてるって思われたい」ってのが

ダサいって事を教えてあげないと

それが服に関わる媒体の重要な仕事なんじゃないの?

日本の媒体が日本の本気で服やってる人たちを飛び越えて

海外の情報を優先すんなら現状通りこのまま衰退していくよ多分

ふと同業者達を見たり話しててたまに思う

「服使って金儲けしたいだけじゃん、地位、名声、自分を上げたいだけなんだ」って

それより「良い服作りたいんです」「最高のものを作るんだ」って人達と話がしたい

口はどうでもいい

作ったもの見れば分かるから

でも相変わらずそうゆう純粋に腹くくって命削ってもの作ってる人達に媒体は気付かない

「上手くやってるのを見つけてくるだけ」

気付く訳ないか

媒体も全員が腹くくって命削ってる人達がやってる訳じゃないから

職人は死んで工場は無くなってく

このままじゃ本気の人が居なくなる

MADE IN JAPANが終わる

共食いだ

ファッションがどうだなんて軽いその無責任な動きが日本のファッションを殺してる事に気付け

服を知らねーくせに

媒体で服の事を偉そうに語って人に伝えるな

服をお前らの金儲けの道具にするんじゃねーよ

何が最新だ?何が注目だ?

どこにでも転がってるそのカスみたいな情報じゃなくて「本気の人の本気」に気付け

上手くやれないほどもの作りに向き合う人達の作るものを探し出して発信しろよ

頼むよ

今生きる様々な日本人の感覚をこれ以上下げる様な事はやめてくれ

後ろ盾がデカイだけで簡単に偉そうに語るな

知らねーくせに

 

 

 

 

 

 

 

 

服を縫うこと

私、現在服に携わり服だけで何とか生きています

服を縫ったり、お直ししたり、リメイクしたり、裾上げ頼まれたりするんです

すると『面倒な事頼んでごめんやで』とか『俺はこうゆう作業無理やわ、すごいなぁ』とか言われたり感じたりします

そう思うのも仕方がない、パッと見は細々した作業してますからそうも見えるでしょう

でもですね、意外とそこに苦は無く

私から言うと服縫うのはプラモデル作ってるみたいな感じです

ちっさい時プラモデルやりませんでした?

あの感覚です

プラモデルって完成後ももちろん楽しいですが作ってる最中が一番夢中になりません?

僕はもろにそのタイプで完成までは熱中するのに完成したら飾ってほこり被るだけ

服はそのプラモデルの最高難易度バージョンみたいに考えています(プロモデラーの方はすごいと思っています)

カチッとしたプラスチックで切り取り線が決められているのではなく

ふにゃふにゃの布の上に設計図(パターン)を置きその形に裁断する

それを縫い合わせ立体にし服として完成させる

プラモデルならそれを飾ったり遊んだり鑑賞して終わりですが

それが服だと完成から人が着て人生を進めていくというストーリーが待っています

そこが面白かった

作って終わりじゃなく作って始まり

それが人に使われボロボロになって帰ってきて修理するとかもとてもおもしろい

旅してきた連れに再会する感じ

服作りは最高難易度のプラモデル

服好きな貴方ならきっと楽しく作れると思います

家にオカンのミシンとかあったら何か縫ってみましょう

面白いですよ。

 

 

 

最高の服2

新年明けましておめでとうございます。

本年も誰だか分からない私の拙い文章を何卒宜しくお願いいたします。

さてさて

前回最高の服について書きましたが

書き忘れた事がありましたので追記で

最高の服とは

前回申し上げた『その人が一番多く着ている服』はもちろんそうなんですが

もう一個かなり大事な要素がありました、それは

『テンションが上がるかどうか』です

服には面白い特性がございまして

布を『服』にして着ると人々のテンションを上げ下げ出来るんです

これが一種の魔法みたいなもんで

それが同じ服でもテンションブチ上がる人からガタ落ちの人まで様々なんです

なので最高の服を探す手がかりの多くは自分の判断に委ねられています

『着てテンションが上がるかどうか?』単純ですが最重要事項です

そこには様々な要素が必要になります

単純にかっこいいし好きなデザインとかもう今では手に入らない名作だとか

誰もが買えなかったスーパーレアもんとかあの憧れのブランドのやっと手に入れた思い出の一品とか、激安でゲットしたのにすげー着やすいとか、10年ぐらい着ててボロボロやけどやっぱり着ちゃう愛着品とか、

色々あると思います

全ての要素を踏まえまたそこを飛び越え『着てテンションが上がるかどうか?』

上がるなら最高の服です

下がるなら最低

無理やり上がってるのは持ってかれたか乗せられただけ

商売上手の大人のビジネスの片棒を担がされただけ(テンション上がってるなら正解)

あくまで自分単体でその服と対峙し着てテンションがどうなるか?

それはもう情報とか記憶を超えた自分の本心、直感に繋がる所があります

服自体は正直何でも良いと思います

ただ本当にテンションが上がるかどうか?

心から、本心からテンションがどの様に変化をするかが見ものです

極端な話ですが

テンションが上がる服ならば『お!今日はお気に入りの服着てるから何だか気分が良いな、あの新しいお店行ってみようかな?』と動きが生じます

でもテンション下がる服なら『うわ!なんか俺今日イケてへんわ、今日は大人しく帰るか』と動きも無くなります

社会の動きすら変える力がテンションを上げる服には存在します

情報操作された服にテンションを持ってかれるのでは無く

自分のテンションが上がる服を見つけ大事に着てあげてください

もし『今までで一番多く着た服』が『テンション上がる服』なら

それは貴方にとって最高の服なのかもしれません

さて

今貴方が着ている服はテンションが上がる服でしょうか?

 

 

最高の服

最高の服とはなんぞや?

服を生業にしている身としては幾度となくよぎるこの問い

人種性別、身長体重、骨格や筋肉や脂肪の付き方の様々な個人差を超え

最高の服とは何なんだろうと高校生ぐらいから考えておりました

自分なりに何度も反芻し考えた結果以下になりました

その人にとっての最高の服とは?

一番簡単に判断するなら

『その人が生きてきた中で一番多く着た服』です。

それはパジャマに成り下がった中学の時のジャージなのか

寝巻きにしてる昔買ったヨレッヨレのT−シャツなのか

皆さま色々違うと思います

ただやはり『一番多く着た服』が何を置いてもその人には合っているんです

服が長くその人に着られるという事は以外とシビアで

ちょっとした不具合があると以外とすぐ着なくなるものなんです

サイズがなんか気にかかる、腕動かしたらなんだかつるとか、裏地が引っかかる感じがするとか、色が褪せて何だかなとか、今の気分じゃねーとか、高かったからたまーの勝負しか登場しないとか、雨降るからこれはやめとこうとか、すぐ汚れてしまうとか

今このサイズ感ええわとか、ヴィンテージやからあんまり着ると色落ちちゃうなぁとか

手洗いとかの洗濯に制限があったりだとか様々な条件が服ごとに存在するわけです

つまり

一番多く着ている服はその不具合が無かった物となるわけです

何も言う事ない服はあなたにとって意外とベストなのかもしれません

自然と着なくなり手元から消えていった服達と

何故か今もそばにあり相も変わらず着ている服のその差が合う合わないの絶妙さなのです

たまには一番多く着ている服に目を向けてあげるのも良いとおもいます

それが探していた貴方にとっての最高の服なのかもしれません

 

お洒落になる方法

お洒落になる方法(私の独断と偏見です)

それはとても簡単です

『自分の本当に好きな服を誰の目も気にせず好きなように着る』ただそれだけです

誰でも簡単にお洒落になります

ただこれが難しい

まず『自分の本当に好きな服』を見つける事が難しい

自分で好きだと思ってる服でも実際は誰かに持ってかれた『好き』になってる場合が多い

勝手に目に入ってくるような誰かのおすすめとかは無視してください

それは商売上手の策略です

全てを自分で見て自分で判断する事が前提

世界中の有名無名問わずまずはチェック

でそこから気になったものの実物をチェック

そこで良かったら買って着てチェック

着て良くなかったらまた最初から繰り返す

様々な地に出向き様々な服を見て、着て買って様々な状況で服を体感する

テンション上がったり下がったり丈夫やったり破れたり動きやすかったり動きにくかったり快適だったり不快だったり褒められたり貶されたりして服を感じ

また新しい服を探す事を繰り返し自分の本当に好きな服を見つける

そこで見つかった、探し出した『自分の本当に好きな服』

それを『誰の目も気にせず好きなようにに着る』これも難しい

大抵の人は人の目を気にして服を着ます

まぁそれもかなり重要、TPOがありますからね

TPOと季節感はベース(葬式にタイダイとか冬にメッシュキャップとかはね)

その上で他人の目は無視する

無視できるほど自分の好きな服を見つけれればいいだけの話なんですが

それが出来ない

大体は人の目を気にして服を着る

第三者の思う事を気にしてる

実際はほとんど誰も見てないのに

過剰に意識してる

様に見える

人の目を気にしてる時点でまだまだ発展途上中

色々な服を着る事が大事、色々な失敗も大事

そんな様々な経験がその人自身の判断力を鍛え精度と自信が上がっていく

そうなればこっちのもん

いくら流行っててやばいとされてようがダサいもんはダサく見えてくるし

ダサいダサいと思っていたもののお洒落な一面に出会ったり

見向きもしなかったアイテムにハッとさせられたり

お洒落、ダサいもコントロールできる自分だけの判断基準を確立すればいいだけ

やっぱり分からないと高い買い物やから失敗したくないと思い

『ブランド』の安心感に頼る

ダサくないとされているブランドなら大丈夫だと

流行ってるあのブランドなら絶対ダサくないと

よく分からんまま買って着ちゃう

確かに本物のブランドならかっこいいの作ってます

ただどんなブランドもかっこいいのもあるしダサいのもある

誰がどれを着てんねんって所が重要なのに

『ブランド』の看板に寄りかかっているだけの人は到底お洒落からは遠い

ただブランド面だけ立派で服はぼんくらみたいなエセも沢山存在します

騙されないでください

人を騙し養分にして上手い事やってるブランドは多数存在します

むしろそっちのが多いぐらい

全て自分で判断すればいいんですよ

味覚ぐらいはっきりと

自分にとって最高、最善、最良の服を見つけ存分に楽しんで下さい

その姿がお洒落なんです

余談

私はたまに街ゆく人たちの服を眺めてたりするんですが(市場調査的に)

大体くらう格好してるのはおじいちゃんです(あとはホームレス)

他人の目を気にして服着てる人には何も思わない

だってそこにはそいつが居てないですから

誰かに無意識に操作された格好は面白みがない

おじちゃんはいいですよ

人の目なんか気にしてないですから

『今日は日が強いからあんたこれ被っていき』なんておばあちゃんに手渡された帽子をさくっと被ってたり

覚えてる人で言うと頭は完全なる白髪にライトグレーのニット、パンツはチャコールグレイのスラックスに黒い靴

『白髪含めワントーンでグラデーションかぁ素敵やなぁ』とか

ホームレスの加工じゃないリアルなダメージに注目したり

既製服がなかった時代に生きた先人達の美しく仕立てられたジャケット、スーツに魅せられたり

『自分で服を着てる』人は皆さま素晴らしくかっこいいです

誰に何思われようがはね返せるぐらいに好きな服を見つけ大事に着てください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アパレル

つい先日

依頼された仕事で協力して頂いた大先輩

齢80歳にして現役の老夫婦

服歴65年の大先輩と共に作業をしていました

洋裁学校で出会い40歳まで縫製工場、そこから今の今まで

都市の片隅で40年洋服に携わってきた大先輩方

手縫でスーツを縫える大先輩達

その大先輩と作業しながら様々な話を聞き

『兄ちゃんみたいな服縫える若い子がおらなあかん、

これからどんどん少なくなっていくから縫える子は価値出てくるよ、続けてくべきや』等の暖かい言葉を頂き

私は素直に泣きそうになりました

洋服に携わる人はこうなんだと、こうあるべきなんだと

その姿勢に様々な感銘を受けました

それと同時に今のアパレル業界への憂いも感じました

知名度やコネや繋がり、各雑誌社への癒着、華やかな経歴、ただのラッキー

有名どころ出身やただ作れる環境にあった人

そんな人たちのイージーシンキングで出来上がった服が持ち上げられる今

名乗りたいだけのアパレルと

大先輩達が真摯に向き合ったアパレル

どっちがアパレルでしょうか?

華やかなアパレル業界のイメージの裏にはひたすら地味な作業の繰り返し

華やかさも重要、気高さも必要

と同時に最も必要な人が見ていない部分での服との向き合い方

側の見せ方に拘り過ぎ軽率になる裏の地味な作業

真剣にミシンと向かい合っていればバシバシとイベントなんか打つ暇なんか無い

そりゃあたまにはパーティも必要、服を見せる機会を作る事も重要

ただ私には昔から思う事があって服一着も縫った事無い奴が作る服なんか信用ならない

ブランドがやりたいほど服が好きと言うなら自分で服を縫ってみたくなるでしょう?

縫った経験ぐらいあるでしょう?と思うのです

アパレルの華やかな一面だけを味わいたい為に服を利用しないでいただきたい

もう一度言います

名乗りたいだけのアパレルと

大先輩方が真摯に向き合ってきたアパレル

どちらが本当のアパレルでしょうか?

どちらの服を着たいと思えるでしょうか?

 

一体どれだけ

居てるんでしょうか?

デザインだけ出来る人は居る

パターンだけ出来る人は居る

裁断、縫製だけ出来る人は居る

では

デザインが出来てパターンもひけてそれを裁断し縫製して完成させるまで出来る人は

今のこの日本に一体どれだけ居てるんでしょうか?

自分の思想を物としての完成まで持っていける人が

人に任せれない程完成まで責任を持ち100%純粋にその人の考えが出た本物の服がもっと存在する市場を見てみたいものです。