価値の判断 〜自分の扱い方〜

人が物の価値を感じる時

大概はその物の扱われ方から判断する所がかなりデカい

例えば

10万のT−シャツと500円のT−シャツが有るとする

10万のT−シャツがコンビニのポリ袋に入れられくしゃくしゃのまま『はい!』なんて

渡された時そのT−シャツに10万円の価値を感じるだろうか?

また500円のT−シャツが紫のベルベットに丁寧に包まれ焼印の入った桐箱にバチっと収まっていて丁重に渡された時そのT−シャツが500円と気付くだろうか?

大概は無理

絶対気付かない(気付くのは本職ぐらいだろう)

周りのその物への扱い方に飲まれて価値を決める

大体がそう

扱われ方で価値を決める

全ての物に言える

人の評価もそこが大きい

「扱われ方」

そうなると人が着る服もそう

着ている物がその人の価値を醸し出す

言い換えれば自分をどう扱っているかでどんな人かも分かる

人は生まれてからずっと自分の体と行動を共にしてきている

様々な時代、環境ありき様々な所を共に経験し体感してきた自分の身体

その体に纏わせる物に手を抜くというのは私からするとそれぐらいしか

自分に体に感謝していないんだとがっかりする

たまにいる頭と体を別に考えるタイプ

「俺服には興味無いから全身◯ニクロでいいんだよね」みたいな

「金無いから安い服でいいんだよ」みたいな

そりゃ◯ニクロさんはいいですよ

安い服も良いと思います(そりゃ安いに越したことは無い)

素晴らしいと思いますよ、その範疇じゃ(Y社長の言う通り服では無く消耗品かなとは思いますが)

ただ全身仕方なくそれでいいなんて事は無い

ただの言い訳

自分の扱い方なんですよ

今まで誰よりも何よりもお世話になっている自分の身体への扱い方

ここまで自分と行動を共にしてきた同志の様な体への感謝はそこには無いのかと

頭や腹や欲は満たすくせに自分の体に纏わせるものはケチるんかい!と

前回言った様に◯ニクロさんの服が最高な人はそれで良いと思いますが

仕方なくとか、安いからとか、金無いからとかで自分の体に温度の無い安物は失礼じゃねーか?と思うわけです

例えば天皇陛下がしゃばい服着てることなんかありません

大統領、各国首相とか世界で活躍するアスリートとかアーティストその他、人の注目を集める方々は皆様素晴らしい服を着てる(スポンサーどうとかはあると思いますが)

何故か?

それは簡単皆様自分への扱い方を弁えている

自分がどう扱われどう扱うかを分かっているから自分の体に温度の無い軽率な衣服を纏わせない

ただ人には身の丈って言う大事な判断基準があるので借金してハイブランドの服買えなんて到底言えませんが

自分の出来る範囲で最良、最適な服を自分の体には纏わせてあげてくれと思うわけです

「高い服ってブランド料でしょ?」という人はまだ良い服に出会ってないんだなと思います(ブランドがなぜ高いかは今度書きます)

良い服に体が出会うととても快適に世界を過ごせるんです

「自分だけこんな快適に過ごせて幸せ〜」と思えるぐらい違います

多少高くても自分が良いと思った物を着せてあげそれを大事に着れば良いだけですよ

よく言う10万円の一着を10年着るか10年間1万円の服を毎年買い換えるか?の違い

この質問なら確実に前者、10万円の一着を10年着る方が良いと思います

人が人の服を見て何かを思い描くのは一瞬

その一瞬で自分をどの様に扱っているかイメージを持たれるなら

1万の服を毎年変える人より10万の服をボロくなっても大事に着ている方が素敵に見える(僕だけでしょうか?)

まぁ色々言うてますが核心は

『今まで大変お世話になった、しかもこれからも大変お世話になるであろう自分の体に纏わせる物として温度の無い思入れも拘りも無い人が作った物で手を抜く事で果たしていいのか?』というところ

自分を丁寧に扱う人は自然と伝わり丁寧に扱われる

自分を雑に扱うと雑に扱われる様になる

纏う服はその人が自身の身体をどう扱っているかが見えるポイントです

身体に感謝しているならその身体が着心地良く快適に過ごせる服を纏わせてあげてください。