人は見た目が10割(アパレル原理主義者からの視点)

しばらくですね。

2018A/W展示会等々をやっており空いてしまいました(これからまだ東京展、大阪展を準備してます)

今回はこのタイトル

ちょっと前本で『人は見た目が9割』なんてのがありましたが

アパレル原理主義者の私は『いや、10割じゃね?』なんて思っていたのを思い出しました

服に人生を持っていかれてから随分と時間が経ちました(20年〜以上経つか)

その間ずっと服を、アパレル業界を見て追ってきた身から言わせて頂くと

人は見た目が10割(服で見ると)です。

その人が着てる服でその人がある程度分かります

服からはね、逃げれないんですよ

どんなアナーキーもホームレスも反逆者も世捨て人も闇の世界のフィクサー

全員服を着ています(裸でうろつくと逮捕されますしね)

と言う事は皆同じ土俵の上に生きているのです

その上で個人個人の趣味嗜好ですから

服好きな人や興味ない人分からない人やどうでもいい人色々いると思います

まぁその辺も服見れば一発なんで個々自由でいいと思います

昔誰かが言った『服は第二の皮膚』とはよく言ったもので

私も全く同じ考え方です

第二の皮膚なんですよ

つまり着てる服はその人自身だと認識しています

何よりも近くで何よりも長い時間を共にする服

そこには各個人の嗜好、世界観、価値観、環境、経済状況等様々な物が反映されています

それが見える、服から伝わってくる

『そんなん勝手に言ってるだけやろ?服とか何も考えず着てたわ』

なんて言う人もいるでしょう、それも服から見て取れるんですよ

今日貴方が着ている服が貴方そのものを表しているんです

言い訳は出来ない

服着てるから

どこかで良しとしてるからその服を着てるんですよ

例え人に『これ着とけ』と言われても着るのは貴方なんです

本当に嫌な服は人は着ない

どこかしらで自分の様々な感覚や状況と折り合いを付けて今その服を着てる

その服から見えるものの情報量がその人を表現しているんです

ただ面白いのがセンスの良い人は服をあんまり知らなくても良いのを選んでる

『服よく分からんねんな、まぁ何かええの見つけた時買ってんねん』

ぐらいの感じで鋭いのを選んでいるんです

反対に鈍い人はどんだけ金積んでヤバいの買ったとか思っててもダサいのを選んでる

このブログで初期から何度も言うように個々の趣味嗜好なんで実際何着てても自由やし

個人個人の勝手なんですけど

イケてるのはイケてるしダサいのはダサい

これは変わらない

まぁ服だけでは無く髪型、アクセサリー、カバン、靴とか全体での調和の話でもあるので一概に服だけって事もないんですけどね

でも意外と人って人が服をどう扱いどう着てるかでどのような人か判断する場面っていうのが多くて

大なり小なり貴方も他人の格好からその人をイメージしてるんですよ

(思い当たる節ありません?)

服は第二の皮膚ですよ

自分の一番外側の自分

それを選んで着てるのも自分です

自分には良いものを着せてあげてください。